乳がん専門の看護師が、乳がん患者の話をじっくり聴く場を設ける病院が増えている。乳がんは他のがんより、若くして発病することが多く、患者は長い間、さまざまな悩みを抱える。聴くことで精神的に支え、複雑な治療の意思決定を手助けする。（佐橋大）

　浜松市中区の浜松医療センターでは毎週木曜日、乳がん看護認定看護師の天野一恵さんが、患者の相談に乗っている。

　「天野さんのおかげで治療を続けられた」と患者の女性（４０）が話す。六年前に乳がんが見つかり、女性は除去手術後、再発を防ぐため、女性ホルモンの作用を抑える療法を五年受けた。同療法は一般に副作用が少ないとされるが、ホルモンバランスの崩れによる火照りや多汗、寒け、だるさ、生理停止などに悩まされることが多い。治療が長期のため悩みも大きくなる。

　女性もさまざまな症状が出た。男性医師に分かってもらいにくい症状。治療の悩み、つらさを聴いてくれたのが天野さんだった。「家族にはこれ以上、心配を掛けたくないから、なかなか話せない」。思いを話したことで、考えが整理され、薬など治療の選択も主体的にできた。

　天野さんは木曜日は通常の病棟勤務から外れ、空いた診察室などで相談に専念。一人につき平均一時間、話を聴く。「死ぬかも」というショックで混乱する人。抗がん剤の副作用による脱毛や爪の変形に悩む患者。指先のしびれなどの副作用で、仕事や家事ができないと落ち込む人。抗がん剤が増え、治療の選択肢は爆発的に増えたが、「その分、どんな治療を受けるかの悩みも増えた」と天野さん。

　副作用がつらいと「あの時、別の薬を選んでいれば」と考える。副作用を訴えても「薬をやめたい」を意味するとは限らない。もやもやした気持ちを話すことですっきりする人もいれば、対策を講じて一緒に考え、乗り越えられる人もいる。それを見極め、患者の前向きな気持ちを引き出す。

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　若い患者の直面する課題が、妊娠や性生活と治療の両立。ホルモン剤などには局部の潤いが減る副作用もある。それで性交痛が生じ、夫との関係がぎくしゃくすることも。生理が止まる副作用は妊娠、出産を考える世代には大きな問題だ。愛知県田原市のＪＡ愛知厚生連渥美病院の看護師、村田美恵子さんは、そうした悩みにも耳を傾け、時には夫も交えて「今は副作用が出る時期」と理解を求める。

　二〇〇八年に乳がん看護認定看護師になったら、患者から相談が一気に寄せられた。潜在的な需要の多さを感じた。性や乳房の形の悩み、経済的な悩みなど、周囲に聞かれたくない相談も多く、一〇年から週二日、「看護専門（乳がん）外来」を設け、予約制で個室対応をしている。「じっくり話が聴けてありがたい」と村田さん。副院長で外科医の田上鑛一郎（こういちろう）さんは「チーム医療に欠かせない存在」と村田さんを評する。

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　富山市の富山県立中央病院も二年前から、専用の部屋を設け、看護専門外来の一つとして乳腺相談に週三日対応する。

　室内は優しい色づかい。患者が楽な姿勢を取れるようにソファベッドが置かれ、脱毛対策のウィッグ（かつら）などがさりげなく置かれている。

　ここで乳がん看護認定看護師の酒井裕美さんは、年間五百件の相談を受ける。若くしてがんになる理不尽な境遇に納得できない人や、乳房の変形が精神的に耐えられない人もいる。共感して話を聴くことで気持ちが落ち着き、前向きさを取り戻す患者を何人も見てきた。

　「他の病院でも広がれば」と酒井さんは願っているが、現場の看護師が望むほど普及していないという。看護師がいくら時間をかけて相談を受けても直接、報酬では評価されない。病棟の看護師確保で精いっぱいで、外来に看護師を割く余裕がないなど、普及を阻む障害も少なくないからだ。

　国内で唯一、乳がん看護認定看護師を養成する千葉大が昨年十一月、百八十人を対象にした調査によると、回答した百五人のうち約半数が看護外来など専門の相談窓口を設けていた。同大特任准教授の阿部恭子さんは、「入院期間が短くなり、これまでなら入院中にしてきた精神的な支援を退院後にしなければならなくなるなど、外来の相談ニーズは増えている」と話す。

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　乳がん看護認定看護師　乳がん看護の専門家。日本看護協会が認定する「認定看護師」の一つ。２００６年から認定を始めた。全国で２１３人いる。

中日新聞社